「――あ、ちょっと待ってて。郵便受け見てくるから」 もしかしたら、〝あしながおじさん〟からの返事が来ているかもしれない。そう思って、愛美は自分の郵便受けを開けてみたけれど――。「来てないか……」 他に来る郵便物もないので、郵便受けの中は空っぽだった。(今更反対する理由もないから、返事を下さらないのか。それとも……) 純也としてちゃんと「返事」を送ったから、〝あしながおじさん〟の返事は必要ないと思って出さないのか……。 愛美は後者のような気がしてならなかった。 * * * *「――ねえ、珠莉ちゃん。純也さんのことで、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」 愛美は部屋に戻ると、意を決して珠莉に声をかけた。 〝訊きたいこと〟とはもちろん、純也さんのこと。彼について訊ねるなら、彼の親戚である珠莉が一番の適任者だ。「ええ、いいけれど。何ですの?」「あのね、春に純也さんが寮に遊びに来た時のことなんだけど……」 あの日からずっと、珠莉と純也さんの力関係が微妙に変わったと愛美は感じていたのだ。「わたしがインフルエンザで入院してたこと、ホントは純也さんに話してないよね? あの時は話を合わせてたみたいだけど」 「……ええ、話していないわ。だから私もあの時、おかしいなと思ったの。でも、何か事情がおありなんだと思って、とっさに話を合わせたのよ」「やっぱり……」(あの時の引っかかりの原因はコレだったんだ……) 愛美は合点がいった。あの時、彼女の様子がおかしかったのには、こういう事情があったらしい。「それでね、私はピンときて、叔父さまを問いつめましたの。『愛美さんの保護者の〝おじさま〟って、純也叔父さまのことですわよね?』って。そしたら、叔父さまは渋々ですけれどお認めになりましたわ。『どうして分かったんだ?』って」「そうだったんだ……」 珠莉は、叔父が愛美の〝あしながおじさん〟だということを知っていたのか……。「だから珠莉ちゃん、あれからわたしに協力的になったんだね。ありがと」「……愛美さんも、もしかして気づいていらっしゃるんですの? おじさまの正体に」「うん。でもね、わたしは気づいてないフリをすることにしたの。だから純也さんの方から打ち明けてくれるまで、わたしからは訊かない」 彼は愛美を欺(あざむ)いていることを心苦しいと思っているだろう
「叔父さまは、本当に分かってらっしゃらないのかしら? 愛美さんに正体を見破られていること」「多分……ね。気づかないフリができるほど器用な人じゃないもん」 姪の珠莉よりも、恋人である愛美の方が彼の性格を熟知しているというのもおかしな話だけれど――。「――それにしても、さやかちゃんは大変だね。二学期始まって早々、部活なんて。お昼ゴハンに間に合うように帰ってくるとは言ってたけど」 今この場に、さやかはいない。彼女が所属する陸上部はインターハイの反省会をやっているのだそう。 ミーティングだけなので練習があるわけではないけれど、二学期初日に集まらなければならないのは確かに大変である。「その点、私たち文化部はいいですわよね。基本的に自由参加ですもの」「うん」 文芸部も茶道部も一応、今日も活動はしているのだけれど。参加しているのはごく一部の部員だけだろう。「……そういえば珠莉ちゃん。さやかちゃんにも話したの? 純也さんが、わたしの保護者の〝あしながおじさん〟だってこと」「ええ、早い段階でお話ししてあるわ。でも、愛美さんご自身が気づかれるまでヒミツにしていましょうね、ということになったのよ」「そうだったんだ……」 愛美は何だか、自分一人だけがのけ者にされたような気持ちになったけれど。それはきっと、親友二人の愛美への思いやり。彼女と純也さんの恋をそっと見守っていようという気遣いだったんだろう。「――あ、もうすぐお昼のチャイム鳴るね。さやかちゃん、そろそろ帰ってくるかな」 キーンコーンカーンコーン ……「ただいま! お腹すいたぁ! 二人とも、食堂行こう」 十二時のチャイムが鳴るのと、さやかが空腹を訴えながら部屋に飛び込んでくるのはほぼ同時だった――。 * * * * それから一ヶ月。愛美たちの学校では体育祭や球技大会、文化祭などの大きな行事も終わり、二学期の中間テストを間近に控えていた。 そんなある日のこと――。『――恐れ入ります。こちらは明(みょう)見(けん)社(しゃ)文芸部の、〈イマジン〉編集部でございますが。相川愛美さんの携帯で間違いありませんでしょうか?』 休日の午後、さやかと珠莉と三人で、部屋でテスト勉強に励んでいた愛美のスマホに一本の電話がかかってきた。「はい、相川ですけど。……ちょっとゴメン! 外すね」 愛美は電話に応対
『厳正なる選考の結果ですね、相川さんの応募作が佳作に選ばれまして。〈イマジン〉の来月号に掲載されることが決まりました!』「……えっ!? それホントですか?」『はい、本当です。おめでとうございます! 相川さん、当誌から作家デビュー決定ですよ! これからも頑張って下さいね!』「ホントなんですね!? わたしが……作家デビュー……。あの、ご連絡ありがとうございます! わたし、頑張ります! 失礼します」 興奮のあまり声が上ずって、心もち血圧も上がっているかもしれない。それでも何とか落ち着いて、愛美は通話を終えた。「さやかちゃん、珠莉ちゃん! わたし――」「聞こえてたよ、愛美。おめでとう!」 勉強スペースに戻ってきた彼女が口を開こうとすると、さやかがみなまで言わせずに喜びの言葉をかぶせて来た。「愛美さん、デビュー決定おめでとう。やりましたわね」「うんっ! 二人とも、ありがと!」 親友二人からの温かいお祝いの言葉に、愛美は胸がいっぱいになりながらお礼を言った。 「――そうだ愛美。このこと、おじさまに報告しなくていいの? おじさまも待ってるんじゃない?」「……うん。そうだね」 さやかに訊ねられ、愛美は悩んだ。――この報告は、〝あしながおじさん〟と純也さんの両方にすべきなのか、それとも〝あしながおじさん〟だけにしてもいいのか?(だって、結局は同じ人に報告してることになるんだもん) 両方に報告することは、愛美にしてみれば二度手間でしかない。けれど、どちらか一方だけに知らせれば、彼は「もしかして、自分の正体がバレているんじゃないか」と感づくかもしれない。(どうしようかな……)「愛美さん。純也叔父さまには私からお知らせしておきますわ。だから、あなたはおじさまにだけお知らせしたらどうかしら?」 悩む愛美に、珠莉が助け船を出してくれた。「姪の私が知らせても、純也叔父さまは不思議に思われないわ。お二人とも回りくどいのが嫌いなのは分かっておりますけど、そうした方がいいと思うの」 そうすれば、純也さんからはきっと後からお祝いのメッセージが来るだろう。……珠莉はそう言うのだ。「そうだね。珠莉ちゃん、ありがと。じゃあそうしようかな」「あたしもそれでいいと思うよ。まどろっこしいけど、仕方ないよね」「うん」 やっぱり、さやかも珠莉が言った通り、〝あしながお
****『拝啓、あしながおじさん。 おじさま、ビッグニュースです! わたし、作家デビューが決まりました! 今日の午後、さやかちゃんと珠莉ちゃんと三人でテスト勉強をしてた時に、出版社の人から連絡が来たんです。わたしが応募した作品が、文芸誌の短編小説コンテストで佳作に選ばれた、って。その作品は、その文芸誌の来月号に掲載されるそうです! この小説は、夏休みにわたしが書いた四作の中から純也さんが選んでくれた一作です。彼には本当に、感謝しかありません! わたしとおじさま、そして純也さんの夢が早くも叶いました。しばらくは雑誌に短編が載るくらいですけど、いつかは単行本も出してもらえるように、わたし頑張ります! その時には、ぜひ買って下さいね。 短いですけど、今回はこのお知らせだけで失礼します。テストの結果、楽しみにしてて下さい。奨学生になったんですから、絶対に優秀な成績を取ってみせますよ! 十月十八日 作家デビュー決定の愛美』**** 「――よし、こんなモンでいいかな。純也さんには、珠莉ちゃんが知らせてくれるって言ってたし」 これまで純也さんのことをさんざん書いてきたのに、いきなりそれをやめてしまったら、〝あしながおじさん〟も首を捻るだろう。そして、勘繰るに違いない。「もしや、自分の正体がバレてしまったのでは?」と。 だから、これでいい。――愛美は一人頷いた。
――作家デビューしてからの愛美の日常は、それまでと比べものにならないくらいめまぐるしく過ぎていった。 学校の勉強では、奨学生になった身なので成績を落とすことが許されず、中間テストでも学年で五位以内に入る成績を修めた。――もっとも、彼女は元々勤勉で、勉強でも手を抜いたことはないのだけれど。 そして、作家デビューが決まった文芸誌〈イマジン〉では二ヶ月連続で彼女の短編作品が掲載されることになり、勉強と同時にその原稿の執筆にも追われた。「相川先生はまだ高校生なんですから、あくまでも学業優先でいいですよ」 と担当編集者の岡(おか)部(べ)さん(ちなみに、男性である)は言ってくれたけれど、一応はプロになり、原稿料ももらう立場になったのでそれもキッチリこなさなければと真面目な愛美は思ったわけである。 純也さんからは、〝あしながおじさん〟宛てに作家デビューが決まったことを知らせる手紙を出した数日後、スマホにお祝いのメッセージが来た。『珠莉から聞いたよ。おめでとう! 僕も嬉しいよ(≧▽≦) 頑張れ☆』 本当に珠莉が知らせてくれたのだとは思うけれど、もしかしたら手紙の返事だったのではないかと愛美は思っている。 でなければ、珠莉から知らされたその日のうちにメッセージが来なかった理由の説明がつかないから。 ――そうして迎えた、高校生活二年目の十一月末。「ねえ愛美さん、今年の冬休みは我が家にいらっしゃいよ」 愛美を家に招待してくれたのは、意外にもさやかではなく珠莉だった。「えっ? あー、うん。わたしは別に構わないけど……」 さやかはどう思うのだろう? 去年の冬がすごく楽しかったから、今年の冬も愛美と一緒に過ごすのを楽しみにしてくれているかもしれないのに。「ああ、ウチのことなら気にしないでいいよ。愛美がいない時でもあんまり変わんないから。っていうか、やっぱ埼玉より東京の方がいいっしょ?」 さやかは意味深なことを言った。〝東京〟で思い浮かぶ人といえば……。(もしかして、純也さんも東京にいるから、ってこと?) 彼も一応は東京出身だし、現住所も東京都内だ。もしかしたら、今年の冬は実家に帰ってくるかもしれない。 もちろん、愛美の勘繰りすぎという可能性もあるけれど……。
「――っていうか、珠莉ちゃん。純也さんって実家にはほとんど寄りつかないって去年言ってたよね? 親戚との関係がどうとかって」 「ええ、確かにそんなこと言いましたわね」 一年前までの彼はそうだったかもしれない。姪である珠莉のことさえ避けていたふしがある。 けれど、今年の冬はどうだろう? 珠莉との仲はそれなりによくなってきたようだし、愛美という恋人もできた。彼の心境には明らかな変化がある。(でも、だからって親戚みんなとの関係までよくなったかっていうと……) そこまでは、愛美にも分からない。純也さんが話そうとしないので、知る術(すべ)がないのだ。「彼、今年はどうするのかなぁ? わたしを招待することは、まだ純也さんに伝えてないよね?」「そうねぇ、まだ。こういうことは、愛美さんからお伝えした方が純也叔父さまもお喜びになるんじゃないかしら。あなたがいらっしゃるって聞いたら、叔父さまも帰っていらっしゃるかもしれないわ」「うん、そうだね。わたしから電話してみる」 愛美はいそいそと、スマホの履歴から純也さんの番号をリダイヤルした。 別に自分が辺唐院家の関係を修復する潤滑油になりたいとは思っていない。愛美はただ、冬休みにも大好きな純也さんに会いたいだけで……。動機としてはちょっと不純かもしれないけれど。 そして、もしも彼が本当に〝あしながおじさん〟だったとしたら、絶対に「冬休みは辺唐院家へ行くように」という指示が送られてくるはずだから。『もしもし、愛美ちゃん。どうしたの?』 時刻は夕方五時半過ぎ。普通のお勤め人なら、帰宅途中というところだろうか。もしくは、まだ残業中か。 でも、彼は若いけれど経営者である。そもそも〝定時〟というものがあるのかどうか分からないけれど、愛美には彼が今オフィスにいるのか、自宅にいるのか、はたまた別の場所にいるのかまったくもって推測できない。「あ……、愛美です。久しぶり。――あの、純也さんはこの冬、どうするのかなぁと思って」『う~ん、どうしようかな。実はまだ決めてないんだ。まあ、仕事はそんなに忙しくないし。そもそも年末は接待ばっかりでね、僕もウンザリしてる』「純也さんって、お酒飲めないんだっけ?」『そうそう! でも、接待だから飲まないわけにもいかなくて。少しだけね』「大人って大変なんだね……。あのね、わたし、珠莉ちゃんに招
「ご家族とうまくいってないことは知ってます。でも、わたしのためだと思って、お願い聞いてくれないかな?」 しばらく電話口で沈黙が流れた。そして、彼の長~~~~いため息が聞こえたかと思うと、次の瞬間。『…………分かったよ。僕も今年は実家に帰る。他でもない愛美ちゃんの頼みだからね』「純也さん……! ありがとう!」『ただし、親族ともうまくやっていけるかどうかは分からない。居心地が悪くなったら、すぐに出ていくかもしれないよ』「そんな……」『まあ、愛美ちゃんを孤立させるようなことだけはしないから。何かあったら僕が盾になってあげるから、安心してよ』「……うん。じゃあ、失礼します」 電話を切った愛美には、ちょっと不安が残った。「大丈夫かな……」 親族間の問題は、愛美に解決できるものじゃない。それは純也さん自身が何とかするしかないのだ。 それに、もしも愛美が施設出身だということを、あの家の人たちが悪く言ったら……? 彼はきっと、自分のことをどれだけひどくこき下ろされても何ともないと思う。けれど、自分の大事な人のことをバカにされたらガマンならないんじゃないだろうか。(まあ、その前にわたしがブチ切れるだろうけど) 愛美はこれまで、自分の育ってきた境遇を恥じたことなんて一度もない。同情されるのもキライだけれど、バカにされるのはその何十倍もキライなのだ。「――愛美さん、叔父さまは何とおっしゃってたの?」 珠莉の声で、愛美はハッと我に返った。――そうだ。この部屋には珠莉もさやかもいるんだった!「ああ、うん。わたしが行くなら、たまには実家に帰ってみるよ、って」「……そう。他には?」「他の親族とうまくやれるかどうか分からないから、居心地が悪くなったら出ていくかも、って。でも、わたしに何かあったら盾になってくれるらしいよ」「なるほど。……まあ、叔父さまは元々そういうクールな人だものね。でも、叔父さまがそんなことをおっしゃるようになったなんて。愛美さんのおかげでお変わりになったのかしら」「え……」 自分が誰かを変えた。まさか、そんな影響力を自身が持っていたなんて! ――愛美は本当に驚いた。「恋っていうのは、人をここまで強くするものなのね」「ああ……、そういうことか」 どうやら愛美の力ではなく、恋の魔力とかいうヤツの力らしい。
「――ところで、話変わるんだけど。珠莉ちゃんのお家でもクリスマスってパーティーとかするの?」 さやかの家はアットホームで楽しくて、愛美も居心地がよかった。クリスマスパーティーも手作り感満載で、参加した子供たちもすごく楽しんでくれていた。「ええ、もちろん。ウチは盛大に行いますわよ。社交界の面々、特に政財界の大物も多数ご招待してますし、ドレスコードもキチっとしてますの」「ドレスコード……、ってどんなの?」 辺唐院家のパーティーは、愛美が思っていた以上にお堅い集まりのようで、愛美はちょっと萎縮してしまう。「そうねぇ……。男性はスーツにネクタイ・ネッカチーフ、もしくはタキシード。女性はカクテルドレスか和装。まあ、そんなところかしら」「ドレスって……、わたしそんなの持ってないよ」 愛美は絶望的な気持ちになった。(スゴい……、セレブにはそれが普通なんだ) 彼女が持っている服で一番上等なのは、オシャレ着として買ったワンピースだ。それでもパーティー向きではない。 だからといって、ドレスなんて女子高生のお小遣いで簡単に買えるようなものでもないし……。「あら。でしたら、おじさまにおねだりしてみたらいいじゃない。たまには甘えて差し上げないと、いじけてしまうわよ?」「あ、そっか! その手があった! 珠莉ちゃん、ありがと」 自立心の強い愛美は、これまで〝あしながおじさん〟に何かをねだったことがない。ねだらなくても、自分の経済力で何とかできることはしてきたから。 でも、今回ばかりはムリだ。いつもはおねだりなんてしない愛美からの頼みとあれば、〝あしながおじさん〟もよほどのことだと思って聞いてくれるに違いない。 そしてその正体が純也さんなら、なおのこと断るはずがない。大切な愛美のためなら、何でもしてあげたいと思っているだろうから。「どうせならドレスだけじゃなくて、靴とかアクセサリーとか、バッグなんかもおねだりしちゃいなさいよ。一式そろえてもらえばいいわ」「……珠莉ちゃん、オニ?」 愛美はこの珠莉という人が怖くなった。実の叔父が相手だからって、これだけ好き勝手いえるなんて、なんという姪だろうか。 ドレスだけでも結構な出費になるだろうに、靴やアクセサリーまで……。いくら彼がお金持ちだからって、さすがに彼のお財布事情が心配になってくる。「まあ、いいじゃない。あな
「……お二人とも、聞こえてるんだけど」「あっ、ゴメン!」「こっちの話は気にしないで、読む方に集中して?」 さやかと愛美が謝り、そう言うと、珠莉はひとつため息をついた後にまた画面に視線を戻した。「集中して」と言ったって、ムリな話ではあると思うのだけれど――。 ――それから一時間ほど後。「愛美さん、読み終わりましたわよ」 珠莉がパソコンの画面を閉じて、愛美に声をかけてきた。「えっ、もう読んだの!? 早かったね」 あの小説は原稿用紙三百枚分ほどの長さがあるので、じっくり読み進めると読み終えるまで二時間以上はかかるはずだ。ということは、珠莉は読むスピードを速めたということになる。「ええ、愛美さんが私からのアドバイスを待ってると思って、急いで読んだのよ。――それでね、愛美さん。この小説で私が感じたことなんだけど」「うん。どんなことでも大丈夫だから、忌憚なく言って」「じゃあ、述べさせてもらうわね。――私の感じたことを率直に言わせてもらうと、やっぱりこの小説の中からは、あなたのセレブに対する苦手意識というか偏見というか、そういうものが読み取れたの。出版に至らなかった理由はそこなんじゃないかしら」「あー、やっぱりそうか。編集者さんからも同じこと言われたんだ」 書籍として流通するということは、この小説が多くの人の目に触れるということだ。読んだ人の中には気分を害する人も出てくるかもしれない。プロとして、そういう内容の本を世に送り出すわけにはいかないと判断されたのだろう。 もしこの小説を珠莉ではなく、純也さんに読んでもらったとしても、きっと同じことを言われたに違いない。「『出版できない』って聞かされた時はショックだったけど、これで納得できたよ。ありがとね、珠莉ちゃん」 これで、初めての挫折からはすっかり立ち直ることができそうだ。愛美はもう前を向いていた。「いえいえ、私でお役に立ててよかったわ。でもあなた、思ったより落ち込んでいないみたいね」「そういやそうだよねー。『ヘコんだ」って言ったわりにはけっこう前向いてるっていうか」「うん。もうわたしの意識は次回作に向いてるから。いつまでも落ち込んでられないもん」 二年前の愛美なら、いつまでもウジウジ悩んでいただろう。でも、もうネガティブな愛美はいない。純也さんに釣り合うよう、いつでも自分を誇れる人間でいた
「ええ、いいわよ。私でよければ。とりあえず着替えさせてもらうわね。それからでもいいかしら?」「あ、うん。もちろんだよ。ありがと。なんかゴメンね、帰ってきたばっかりなのに」「いいのよ、愛美さん。謝らなくてもよくてよ」「ありがとねー、珠莉。アンタと愛美、すっかり仲良くなったよね。最初の頃はさぁ、愛美に『叔父さま盗(と)られた~!』とか言ってたのに」 さやかは二年以上も前の話を持ち出して、二人の関係がすっかり変わったことに感心している。あれはこの高校に入学した翌月で、純也さんが初めて学校を訪ねてきた時のことだ。 それに対して、珠莉が制服から私服に着替えながら答える。「あの頃はまだ、純也叔父さまが愛美さんのいう〝あしながおじさま〟の正体で、お二人が恋人同士になるなんて思ってもみなかったもの。本当に、人生って何が起こるか分からないものよね」「うん……、ホントにね」 珠莉の最後のセリフに愛美も頷いた。純也さんが〈わかば園〉の理事をしていなければ、理事であったとしても愛美の学費を援助すると申し出てくれなければ、彼女は今この場にいなかったのだ。山梨県内の公立高校で、悶々とした高校生活を送っていただろう。もしくはどこかの温泉旅館で住み込みの仲居さんとして働いていたとか。「――はい、お待たせ。着替え終わったから原稿を読ませてもらうわ。データは残してあるのね?」「うん。わたしのPCのデスクトップと、一応USBにも保存してあるよ。待ってね、今ファイル開くから」 愛美は自分のノートパソコンで、ボツになった原稿のファイルを開いた。「これがその小説だよ」「分かったわ。じゃあ、ちょっと失礼して」 珠莉は愛美に場所を譲ってもらい、ブルーライトカットのためにPC用の眼鏡(メガネ)をかけて小説の原稿を読み進めていった。「……珠莉ちゃんって普段は眼鏡かけないけど、たまにかけるとすごく知的に見えるよね」「顔立ちのせいなんじゃない? あたしが眼鏡かけてもああはならないよ。あたし、上向きの団子っ鼻だからさ」 珠莉が真剣な眼差しで原稿を読み進める傍(はた)で、愛美とさやかはヒソヒソと彼女の意外なギャップを発見して盛り上がっていた。愛美に至っては、彼女の頼みごとをした本人だというのに……。
「あ、愛美。おかえり。――どうした? なんかちょっと元気ないじゃん?」「うん……。さやかちゃん、鋭い。ちょっとね、ヘコんじゃう出来事があって」「もう友だちになって三年目だよ? 元気がないのは見りゃ分かるって。今日は編集者さんと会ってたんだっけ。じゃあ、作家の仕事絡み?」「正解。詳しい話は珠莉ちゃんが帰ってきてからするけど、長編の原稿がボツ食らっちゃってね」「えっ、ボツ!? 長編ってあれでしょ、冬からずっと頑張って書いてて、夏休みの間に書き上げたっていう、純也さんが主人公のモデルだった」「うん、そうなの。あれ」 さやかがズバリ、どんな作品だったか言い当てて愛美も頷いたけれど、さすがに純也さんが主人公のモデルだったという情報まで言う必要はあっただろうか?「う~ん、そっかぁ……。珠莉、部活は五時までだったと思うから。帰ってきたら一緒に話聞いてもらおう。珠莉の方が、あの小説のどこがダメだったか分かると思うんだ」「そうだね。わたしもそう思ってた」 一応は社長の娘だけれど庶民的なさやかより、生まれながら名家のお嬢さまである珠莉の方が、ダメ出しのポイントが適格だと思う。何せ、モデルは彼女の血の繋がった叔父なのだから。 それから三十分ほどして、部活を終えた珠莉が部屋に帰ってきた。「――ただいま戻りました」「珠莉ちゃん、おかえり。部活お疲れさま」「珠莉、おかえりー。何かさあ、愛美が聞いてほしい話があるんだって」 珠莉がクローゼットにスクールバッグをしまうのを待ってから、二人は彼女に声をかけた。 彼女は最近、週末は雑誌の撮影で忙しいけれど、平日の放課後はまだ部活があるので撮影は入っていないらしい。こちらも学業優先なのだ。「――愛美さん、私に聞いてほしい話ってなぁに?」「えっと、わたしが冬休みから長編小説を書いてたこと、珠莉ちゃんも知ってるよね? ……純也さんが主人公のモデルの」「ええ、知ってるわよ。夏休みの間に書き上がって、編集者さんにデータを送ったらしいってさやかさんから聞いたけど。あれがどうかして?」「実はね、あの小説、ボツになっちゃったの。今日、編集者さんから『あれは出版されないことになった』って聞いて。でね、どういうところがダメだったのか、珠莉ちゃんに読んで指摘してもらえたらな、って思ったんだけど……」 珠莉はプロの編集者ではないので、
「――そうだ! 次回作は〈わかば園〉のことを題材にして書こう」 自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」 愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな) 施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」 愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」 もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」 部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。「――相川さん、おかえりなさい」「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」 寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」 晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三
「……あの、ボツになった理由は?」「あの作品、セレブの世界を描いてますよね? その描写が不十分というか、かなり不適切な描写があったと。先生個人の偏見のようなものが含まれていたようなんです」「ああ~、そう……ですよね。わたし、実は一部の人たちを除いてセレブの人たちって苦手で。冬休み、セレブのお友だちの家で過ごしていた時に色々と取材したんですけど。その時もあまりいい印象は持てなかったです」 純也さんとデートした日のこと以外にも、愛美はあの家に出入りしている富裕層の人たちを観察したり、クリスマスパーティーの時に感じたことも小説の中に織り込んでいた。多分、それが原因だろう。「なるほど……。冬休みといえば二週間くらいですか。富裕層の人たちのことを正しく描写しようと思えば、その程度の日数では足りなかったんでしょう」「ですよね……」 愛美はすっかりヘコんでしまい、大きくため息をついた。(わたしってホントは才能ないのかな……。純也さんの買い被りすぎ? だったら、彼にムダなお金使わせちゃっただけかも)「先生、そんなに落胆しないで。今回は残念な結果でしたけど、次回作でいい作品をお書きになればいいんです。先生はまだ高校生ですし、先生の作家人生はまだ始まったばかりなんですから。焦らず、じっくりといい作品を送り出していきましょう。僕も協力を惜しみませんから」「はい……、そうですね。次回作は頑張ってみます」 ――愛美持ちで会計を済ませて岡部さんと別れた後、愛美は自分でも悪かったところを反省してみた。(岡部さんに原稿を送る前に、珠莉ちゃんにデータを送って読んでもらえばよかったかな。珠莉ちゃんなら何か的確なアドバイスをくれたかも) 愛美にとっていちばん身近なセレブが珠莉である。彼女に最初の読者になってもらえば、「ここがよくない」とか「ここはこういう書き方の方がいい」とか助言してもらえて、もっといい作品になったはず。そうすればボツを食らうこともなかったかもしれない。(……まあ、〝たられば〟言いだしたらキリがないし、もう終わったことだからどうしようもないんだけど) 済んでしまったことを悔やむより、前に進むことを考えなければ。「次回作……、どうしようかな」 寮への帰り道、悩みながら歩いていた愛美の頭を不意によぎったのは、彼女が中学卒業まで育ってきたあの場所のことだっ
* * * * それから数週間後の放課後。この日は文芸部の活動はお休みだったので、短編集のゲラの誤字・脱字などのチェックを終えた愛美は学校の最寄駅前にあるカフェに担当編集者の岡部さんを呼び出した。「――はい。相川先生、お疲れさまでした。これでこの短編集『令和日本のジュディ・アボットより』は無事に発売される運びとなります」「よろしくお願いします。わたしも発売日が待ち遠しいです」 愛美は確認を終えたゲラを大判の封筒に入れる岡部さんに、改めてペコリと頭を下げた。 ゲラの誤字や脱字を赤ペンで修正していく作業は初めてだったけれど、思いのほか少なかったので楽しくこなすことができた。あとは一ヶ月後、本屋さんの店頭に並ぶ日を待つだけだ。(純也さん、聡美園長とか施設の先生たちにも宣伝してくれたかな。もちろん自分では買って読んでくれるだろうけど) 彼は〈わかば園〉を援助してくれている理事の一人でもあり、あの施設の関係者で愛美の書いた本がもうじき発売されることを前もって知っているのも彼だけなのだ。彼ならきっと、園長先生にはそれとなく報告しているだろうけれど。 (どうせなら、立て続けに二冊発売される方が園長先生や他の先生たちも、もちろん純也さんも喜んでくれるだろうな……)「――ところで岡部さん、わたしの長編の方はどうなりました? データを送ってから一ヶ月以上経ってると思うんですけど」 そろそろ出版するかどうかの決定が下される頃だろうと思い、愛美は岡部さんに訊ねてみたのだけれど……。「…………すみません、先生。それがですね……、あの作品は残念ながら出版できないということになってしまいまして。つまり、ボツということです」「えっ? ボツ……ですか」 彼の返事を聞いて、愛美は目の前が真っ暗になった気がした。岡部さんはあれだけ作品を褒めてくれたのに、熱心にアドバイスまでくれて、書き上がった時にはものすごく喜んでくれたのに……。(なのに……ボツなんて)「だって、岡部さん言ってたじゃないですか。『これは間違いなく出版されるはずです』って」「いえ、僕はあの作品を気に入ってたんですけど……、上が『ダメだ』というもので。僕も本当に残念だとは思ってるんですが、まぁそそういう次第でして」「そんな……」 岡部さんもガッカリしているのだと分かったのがせめてもの救いだけれど
彼も反省してたんだって知って、わたしは彼を許してあげることにしました。やっぱり彼のことが好きだから、仲違いしたままでいるのはつらかったの。仲直りできてよかったって思ったのと同時に、どうしてもっと早くできなかったんだろうとも思いました。フタを開けてみたら、こんなに簡単なことだったのに。 純也さんに、この秋に発売されることが決まってる短編集の売り込みもバッチリしておきました(笑) わたしが作家になって記念すべき一冊目の本だもん。ぜひとも読んでもらいたくて。 純也さんは今、まだオーストラリアにいるそうです。あと二、三日したら帰国するって言ってましたけど。 日本とオーストラリアには時差は一時間くらいしかないけど、あっちは南半球なので季節が真逆だっていうのが面白いですね。「こっちは寒さが厳しいから、早く日本に帰りたいよ」って彼は言ってました。帰ってきたらきたで、こっちはまだ残暑が厳しいからあんまり過ごしやすくないけど。そういえば、オーストラリアってクリスマスシーズンは真夏だから、サンタクロースがトナカイの引く雪ゾリじゃなくてサーフボードに乗って登場するんだっけ。 付き合ってる以上、純也さんとはこれから先もケンカするかもしれないけど、今回のことを教訓にして早く仲直りできるようにしようと思います。どっちかが折れなきゃいけない時には、なるべくわたしが折れるようにしたい。純也さんだって、そんなに無茶なことを言わないと思うから。 もうすぐ、編集者の岡部さんがさっき話した短編集のゲラ稿を持ってくるはず。そしたら、いよいよ商業作家としてのお仕事が本格的に始まります。長編の方はデータを送ったきり、まだ連絡はありません。今ごろ出版会議の真っ只中ってところかな。どうか出版が決まりますように……! かしこ八月三十一日 いよいよ商業デビューする愛美』****(純也さんがこの手紙を読むのは日本に帰国してからだろうな……。どうか、あの小説の出版が決まりますように!) だってあれは愛美が初めて執筆に挑戦した長編小説で、本として世に出るために書いていたのだから。自分でも、もしかしたら大きな賞とか本屋大賞が取れるんじゃないかと思うほどよく書けたという自負がある。 ――ところが、世間はそう甘くなかった。
****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 今日、さやかちゃんと一緒に〈双葉寮〉に帰ってきました。明日から二学期が始まります。 今年の夏休みも、ワーカーホリックの中学校の宿題はバッチリ終わらせました! さやかちゃんも。 珠莉ちゃんはこの夏、モデルオーディションを何誌も受けて、ついにファッション誌の専属モデルに合格したそうです! わたしに続いて、珠莉ちゃんも夢を叶えたんだって思うと、わたし嬉しくて! 二学期には自分の進路を決めなきゃいけないから、多分一学期までより学校生活も忙しくなりそう。わたしは作家のお仕事もあるから、他の子たち以上に大変だと思う……! でも、わたしと珠莉ちゃんはもう進学する学部を決めてるからまだいい方かな。問題はさやかちゃん。まだ福祉学部にするか、教育学部にするかで迷ってるみたい。わたしは彼女がどっちを選んでも、全力で応援してあげたいと思ってます。 ところでおじさま、聞いて下さい。わたし今日、やっと純也さんと仲直りできたの! 実は夏の間ずっと、彼といつ仲直りしたらいいのかタイミングをうまく掴めずにいて、わたしも気にしてたの。 確かに七月のケンカでは、わたしにヒドいことをさんざん言った彼の方が大人げなくて悪かったけど、わたしもちょっと意固地になりすぎてたのかなって反省したの。「メッセージを既読スルーしてやる」とは思ってたけど、彼からはまったく連絡が来なくて、だからってわたしから連絡するのもなんかシャクで。 でも、やっぱり仲直りしたいなと思ってたタイミングで、おじさまにも話した彼からのあの上から目線のメッセージが来て。わたしはさやかちゃんのご実家に行くことにしたから、その時にも仲直りはできなくて。 で、今日思いきって彼にメッセージを送ってみたの。電話にしなかったのは、彼がオーストラリアにいるってメッセージを送ってきてたからっていうのと、電話で話すのは正直まだシャクだったっていうのもあって。そしたらすぐに既読がついて、彼から電話してきてくれたの。 純也さん、「大人げないのは自分の方だった。ごめん」ってわたしに謝ってくれました。彼はわたしの自立心とか向上心が本当は好きだけど、同時に自分に甘えてくれなくなるんじゃないかって、それを淋しく感じてたみたい。「男ってバカだろ?」って言って笑ってました。
「……純也さんは今、まだオーストラリアにいるの?」『うん。こっちは今、冬の終わりって感じかな。でも寒さが厳しくてさ、早く日本に帰りたいよ。そっちはまだ残暑が厳しいんだろうな』(あ、そっか。オーストラリアは南半球だから日本と季節が真逆になるんだっけ) 地球の反対側にあるオーストラリアは、日本と時差はほぼないに等しいけれど、その代わり季節が逆転しているのだと愛美は思い出した。クリスマスにサンタクロースが雪ゾリではなく、サーフボードに乗ってやってくるというのが有名なエピソードである。「そうなんだよね。明日から九月なのに、まだ真夏みたいに暑いの。純也さん、日本に帰ってきたら茹(ゆ)だっちゃいそう」『それは困るなぁ。でも、あと二、三日後には帰国する予定だから。仕事も立て込んでるみたいだしね。でも、どこかで予定を空けて愛美ちゃんに会いに行くよ』「うん! じゃあ、気をつけて帰ってきてね。わたしも明日からまた学校の勉強頑張る。あと、短編集のゲラのチェックもやらないといけないから、そっちも」『現役高校生作家も大変だな。でも、何事にも一生懸命な愛美ちゃんならどっちも頑張れるって、俺も信じてるよ。……夏休みの宿題はちゃんと終わった?』「大丈夫! 今年もちゃんと全部終わらせたから。――それじゃ、帰国したらまた連絡下さい」『分かった。じゃあまたね、愛美ちゃん。メッセージくれて嬉しかったよ』「うん」 ――愛美が電話を終えると、嬉しそうに笑うさやかと珠莉の顔がそこにはあった。二人は通話が終わるまでずっと、成り行きを見守ってくれていたようだ。「純也さんと無事に関係修復できてよかったじゃん、愛美」「お二人がギクシャクしてると、私たちも何だか落ち着かなかったのよねえ。だから、無事に仲直りして下さってよかったわ」「さやかちゃん、珠莉ちゃん、心配かけてごめんね。でも、わたしと純也さんはこれでもう大丈夫。見守ってくれてありがと」 思えば七月に彼とケンカをしてから、この二人の親友にもずいぶんヤキモキさせてしまっていた。彼女たちのためにも、こうして無事に彼との仲を修復できてよかったと愛美は思った。「――さて、一応形だけでも〝おじさま〟に報告しとかないとね」 あくまで愛美が「純也さんと〝あしながおじさん〟は別人」、そう思っているように彼には思わせておかなければ話がややこしくなる